『 宇治だより 』  宇治を愛する人  

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『宇治だより』 第6号  昭和55年12月15日 

 初期の盆踊り大会の思い出

京都第一白鳩会連合会長 (当時)  中原 映
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 宇治といえば遥か遠い昔のような気のする開墾の頃です。
今はアメリカに行ってらっしゃいます、徳久克己先生の指揮下に
練成会員の方々や、霊地造営献労挺身隊の真剣な献労の風景です。

 私も鉢巻をしめ、モンペ姿で切り出された木を担ぎ、土をモッコに入れて
高い山から谷底へ運ぶ 「アリガトウゴザイマス」 の声と共に
尊い献労の姿が思い浮かびます。

 多くの人々の感謝の真心と、愛念が今日の立派な〝魂のふるさと″の
生長の家宇治別格本山を築き上げたのだと思います。

 昭和三十一年第一回盂蘭盆供養大祭に、奉納全国有名盆踊り大会が
催されることになりました。

 全国より競って参加され盛大に、宇治・塔の島に於いて奉納される事になり、
私達、京都の白鳩会も役員と、多数の会員の参加を得て、練習に暑い夏の一時を
汗を流して励みましたが、大祭当日、郷土の盆踊りを御霊に奉納いたしまして、
爽やかなよろこびで一杯でございます。

きよき流れの宇治川の
山紫水明名も高き
山王やまのおくいきに
神をたゝふる神の子ら
いのちきよむとあつまれり
ホラエイ、ホラエイ エイエイエイ

 振り付けて踊りながら宇治橋通りをねった思い出も楽しいものでございます。
雨のため宇治市の兎道小学校で踊った事も思い出されます。
副総裁谷口清超先生、恵美子奥様に御覧いただいた時もございました。

 こうして続いて参りました奉納盆踊りは、どんなにか御霊をおなぐさめし、
感謝の悦びを表現することでございましょう。

 昭和五十六年の宝蔵神社盂蘭盆供養大祭には、全国より挙って参加されますよう、そして全国有名盆踊り大会が永遠に続きますことを願って止みません。


 

 

 

 


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