神癒の社 入龍宮幽斎殿について
入龍宮というのは龍宮に入ると書かれていますが、
龍宮というのは海(生み)の底にあって、
一切のものを神様が生み出し給うところの底、
生長の家でいう実相の世界です。
この入龍宮幽斎殿というその頭に“神癒の社”とありますが、 『古事記』に目無堅間(めなしかつま)の小船(おぶね)乗って龍宮へ道案内される神話がありますが、 この目無堅間にあたるのが“神癒の社”です。
その目無堅間の小船に乗れば、龍宮海に入って行くことになります。 目無というのは、時間の目盛がないということ、堅間というのは堅い間と書きますが堅く空間が詰っているので無空間ということで、時間の流れなく、空間の広がりなく、無の一点にこれは存在します。
無の一点というと実相世界の時間と空間とを超えた世界がいよいよ現象界に展開して来るところの、たとえばレンズの中心のようなところです。
しかし、実相の世界から現象世界に展開して来る、そのレンズのところが曇っていると、現象世界というスクリーンに映って来る姿が、曇った姿、即ち、不幸、災難、病気、経済難というような状態が現われて来るのですが、その心のレンズが無空間、無時間の、どんな引っかかりもないところの、空なる、無なる心境になって実相世界から直通して、何らの曇りも、屈折もなくなると、
直接実相世界が現象世界に現われる。
その境目のレンズになるところの“社”が、この“神癒の社”です。
ここで“神癒の社入龍宮幽斎殿”の神癒祈願が執り行われています。