1902宇治で出会えた息子の真の姿と、父母に愛されていた記憶 言葉にならない喜びに感謝    

3月一般練成会体験

 1ヶ月位前から息子が部屋にこもるようになってしまい、
私はこれではいけないと思い、神想観、聖経読誦を真剣に始めました。
そして、息子は私を本物の信仰へと導いてくれる観世音菩薩様だったー、と気付かせて頂きました。
ですが、まだまだ私は自分の何が悪いのか、どうしたら良いのか分からず、
宇治の練成会に行こうと思い立ちました。
子供の勉強は親の勉強と思い、私のみ参加するつもりでいたのですが、主人の口添えもあり、
息子に声をかけてみたら、「行く!」との返事でした。
有難い事に主人が送ってくれました。
思い返せば子供の頃から、私自身、劣等感の塊で、いつも良く出来る姉と比べて、あ~自分は…と、
すぐに落ち込んでいました。でも負けず嫌いの所があり、さらに見栄っ張りで、外面の良い私でした。

そんな私が子供を授かってから、常に同居の実母の目を気にして、
「良い子に育てなきゃ!」と、特に長男には厳しくしてしまいました。
その後、生長の家とのご縁を頂いていた私ですが真剣に行じておらず、
息子は大学中退後から資格を取ったり、家の仕事は手伝ったりしてくれるものの、
なかなか仕事に就けず、どんどん話さないようになってしまいました。
でもやっと私の目が覚めました。
私をこの宇治へ導いてくれたんだと分かりました。

宇治へ来てから息子は、どんどん神の子を現し始めました。
神想観の自修も参加したり、笑いの大会でもニコニコとして、
献労も「ありがとうございます」と唱えながら皆様と一緒にやっておりました。
本物の姿です。有難くて、有難くて、ひとりでに涙がこぼれます。

浄心行や感謝行では、父母の優しい笑顔が思い浮かび、私は本当に愛されていたんだ、
父母も娘に理解してもらえず淋しかったんだー、と気付かせて頂きました。
これからは神想観をし続け、喜んで喜んで、まず自分自身の神の子を拝み、家族を拝み、
周りの人に感謝と愛のみの生活をしていきます。


宇治練成体験談 トップ


©生長の家宇治別格本山